憧れの。
自分が持つにはまだ早いだろうと思うものが、バッグでも靴でも台所道具でもいくつもある。そのうちのひとつ、「有次」の包丁を、帰省の際、京都の錦市場でやっと買うことができた。数年前に取材したことがあるのだが、そのときは「研ぎ」という手入れが必要な包丁は、ものぐさな自分にはまだ早いと、買うのを踏みとどまった。どうにも自分の1週間に、包丁研ぎの時間が入り込む隙がない。包丁を気にするこまやかな感情が自分にはないと思ったのだ。 以来、心のどこかでいつかは欲しいと思い続けていた。そんな風に何年も欲しいと思いながら買うタイミングがないままに過ごしていたのに、年末の1週間でタイミングが3回訪れたのである。 まず、我が家の宴会を手伝った友だちが、「包丁が全然切れない」と訴えてきた。パセリのみじん切りをしようと思っても粗みじんになってしまう。魚の薄切りもできない。何この包丁、だめじゃんと。2日後、別の友だちの家でにんにくを切るのを手伝ったら、有次の包丁が出てきた。不器用な私でも1ミリのスライスがいとも簡単に切れる。なんなんだ、この切れ具合のすばらしさはと感動した。 翌日、近所を歩いていたら、家の裏の道端に、荷物を広げて腰掛けているおじさんがいる。見ると、包丁研ぎ屋さんだった・・・。その翌週、京都に帰省する予定が入っていた。これはもう、京都で買うしかない。今が買うタイミングだと神様が教えてくれている気がした。 長ったらしい逡巡の季節を越え、我が家にやってきた夢の包丁。あまりに使いやすく、今までの料理はなんだったのかと言うほど、包丁ひとつでキレイに仕上がり、早くも2本目購入の検討に至っている次第である。・・・何を熱く語っているんだ私は。ま、それだけ人を熱くさせるスゴイ奴ということである。