車窓と故郷

JR飯田線にコトコト乗って
高校弓道部の同窓会へ。
もうそこには実家がないので、通学に使ったこの電車に乗るのは30余年ぶりとなる。
冬枯れの山。空の色。無人駅。
何も変わらなくて、自分だけが変わった。

「スイカは使えません」という車内アナウンスが、潔い。
懐かしい車窓にかぶりついていたら、まんまと2駅乗り過ごし
車掌さんに教えてもらい、飛び降りた。
次は40分後とな。
友達が車で拾ってくれ、事なきを得た。

久々に会う彼女は開口一番
「あいかわらずやってくれるね。さすがだね。大平はこうでなくっちゃね」。
面目躍如だ。あ、使い方違うか。

部活の同窓会というのは
やってみるといいものだ。
ズルしてランニングしたり、補欠で悶々した17歳のだめな自分を
ありありと思い出すことができる。
自分なんて全然だめじゃんと思うのと、あの頃よりは少しだけ成長したな、の
両方を確認できて、なんだか新しい元気ができる。

ぱりっとしていた先輩は、今もぱりっとしていて
ふわとしていた先輩は、今もお菓子を女子(あえての「女子」)に配ったりふわっと優しかった。

部活に続き、高校のミニ同窓会も開いてもらった。

男子が、私の写真用作り笑顔をおもしろがるので
そうだこれは作っていたと、久しぶりに思い出した。
旧友はすぐ見破る。

私の書いているものなど知らないだろうと思っていた友が
「嫁が読んでるよー」というので
本人が読んでくれている以上に、嬉しくなった。
だって、「これは友達だよ」と、彼女にどっかで伝えてくれていたわけだから。

伊那地方で著書イベントをしたときも
「引っ越してしまったし、だれも知らないだろうし」と
誰にも知らせなかったのに、開場時刻のずっと前にもう懐かしい顔が4つ並んでいて
ぐっときた。

見えないところで
まるで見えてないような感じで、
でも、そっと見てくれている。

この距離感が故郷の友というものなんだろう。

朝起きたら、笑いすぎでスナックのママのように声が枯れていた。