連れ治療

1年半前、まとまったギャラが入ったのをいいことに、調子にのって激安マッサージ屋で3時間コースを頼んだ。
バキボキ、カイロ的なことをされその日から股関節が痛み出し、今では30分も歩くと片足を引きずる状態に。
カメラマンの安部巨匠が「あんた、それやばいよ。私が信頼している接骨院に行きな」と電話番号のメモを2度もくれ、「ひとりで行かないなら、私も治療してもらうからこの日に一緒に行こう」とメールをくれ、それでも行かなかったら、また「この日に」と指定。自分の仕事の空いている日を合わせて、一緒に行ってくれた。
先生は、「ああ、整体師が外に引っ張ったまま戻してないね。こういうことよくあるんですよ。いきますよ。それっ」と、なんどか足を一定方向に引っ張ったら、1年半の痛みが消えた。This is ゴッドハンド。
そして新大久保の名店ベトナムちゃん。でランチを食べ、岩盤浴をして、ヨドバシカメラで三脚を見立ててもらって帰った。
もう巨匠の家に足を向けて寝るのはよそう。2週間くらいは。

コーポラティブハウス

1998年に、知らない人同士で土地を共同購入して、2000年に竣工したコーポラティブハウス。6年住んで、今は知り合いに貸している。入居当時、子どもが二人いるのはうちだけで、階下の人に足音で迷惑を掛けたくなかったのと、そのことでしょっちゅう子どもを叱る生活をしたくなかった。それと、男女の子どもが年々大きくなる事に、思いのほか手狭に感じられるようになったという理由から貸すに至った。だが、借りてくれたのが上階の人だったりして、私も理事をやったり、飲み会があったり、ちょこちょこコーポラティブハウスに訪れているので、遠い感じがしない。先週、その住人が退去することになり、さてどうしたものかと思っていたら別の友達が住んでくれることになった。こだわって建てた部屋なので、知っている人に住んでもらえるのは、このうえなく嬉しい。
点検で久しぶりに部屋に入り、ひとりでぼーっとした。
13年前の自分たち夫婦の精一杯がつまっていて、胸が一杯になった。それ以上いると泣きそうだったので、退散した。いつか年を取ったら夫婦で帰ろう。

古民家バンクから買った古材の梁を飾り柱にした。
古民家バンクから買った古材の梁を飾り柱にした。
布団2枚敷けるだけの小さな和室に琉球畳をあつらえた。
布団2枚敷けるだけの小さな和室に琉球畳をあつらえた。
作り付けの書斎。狭いがコックピットのようで集中できる。
作り付けの書斎。狭いがコックピットのようで集中できる。
書斎とリビングの仕切りは木の棚。近所のバーの施工をしたヤング男子をナンパして作ってもらった
書斎とリビングの仕切りは木の棚。近所のバーの施工をしたヤング男子をナンパして作ってもらった

隣の席の会話に反応

この下にラム&ココナッツが沈んでいます。
この下にラムレーズン&ココナッツが沈んでいます。

シェアハウス取材の帰りに、S社サトーさんが見つけてきてくれた知る人ぞ知る甘味処「いちょうの木」でかき氷を。
ラム酒や紹興酒、マッコリなど、好きなものをカスタマイズできるかき氷屋さんで、氷がふっわふわ、白玉がもっちもち。『多すぎるのでお二人でひとつがちょうどいいです』と書いてあるのでシェア。本当に大盛りだ。
なるほど感激であると思いながら食べていると、隣の席で男女が「塩尻の市役所でさー」「特急あずさはボックス席がやっぱりなごみます」「松本のあそこの蕎麦屋が・・・」と、めちゃくちゃ実家近くの話をしている。テーブルが3つほどしかない小さな店で、聞くとはなしに聞いていたが、とうとう辛抱溜まらなくなり、ついにその男女がお会計に立ったとき、「あの、私塩尻市出身です。で、妹が市役所に勤めています」と会話に割り込んでしまった。
そこからひとしきり長野話でもりあがる。おひとりは劇団の人だった。
狭い東京の、品川のはずれのひっそりとした小さな店で、こんなこともあるのだなあと感慨深く思った。ふるさとのなまりなつかし停車場の、という啄木の歌を思い出す。もっと話していたらきっと、妹の同級生の従兄弟とか、隣のおばちゃんの娘が嫁いだ家の義弟とか、なんかしら知り合いが出てくるに違いない。

たぶん名作

『風立ちぬ』うっかり号泣。映画館を出ても涙が止まらず、娘と回転寿司で泣きながらカッパ巻きを食べた。食べるんかいっ。
庵野さんの声は私にはとてもしっくりなじんだ。一番大切な主題となるフレーズを娘が「ここにじんときた」と言っていたので、この子は映画の主題は的確に読み取れるのに、なぜテストの長文読解がまったくできないんだろうと不思議に思った。

建築徒然

GQ JAPAN (ジーキュー ジャパン) 2013年 09月号 [雑誌]リライフプラスvol.12別冊住まいの設計 (別冊・住まいの設計 197)

『GQ JAPAN』9月号(コンデナスト・ジャパン)「本流に迎え!」で、日本橋三越の建築の歴史を書かせていただきました。同じ地に、1673年から営業をしているって、もうそれだけで本流過ぎます。
今も普通に乗ることのできる日本初のエレベーターのデザインは荘厳で、圧巻です。

『リライフプラス』VOL.12(扶桑社)は、『住まいと設計』別冊のリノベーション専門誌。連載『アノニマス建築紀行』では、知られざる目白の宝(と私が勝手に認定)・目白聖公会をルポ。
巻頭の『家の話、聞かせてください』では、清水ミチコさんに、住んできた家について4ページにわたってお聞きしました。清水さんは高山のジャズ喫茶のお嬢さんで、お父さんは東京でスパゲティーの『壁の穴』の味に感動。岐阜で一番最初に『壁の穴』の店を開いたファンキーな方です。そして清水さんご自身はインテリア好きのリフォーム好きなのでした。
・・・と、最近発売の仕事まわりのことを、あらたまって書いてみました。ですます調にすると、なんだか背筋がぴんとなります。