信用ゼロ

9月は仕事で断食合宿に行く。ビフォアアフターの写真を撮っておけという編集部からの命令で、ぶくぶくの体にぴちっとしたシャツと短パンで夫に写真を撮らす。目は、入稿時に犯人のようにスミで隠してくれるらしい。断食もこれで何度めかなので、家族の視線の冷たいこと冷たいこと。「俺、おかんが痩せたら小遣いいらないよ」「私も半年もらわなくてもいい」と息子と娘。信用が地の底に落ちているのでむしろやる気が出るというものだ。

昭和という時代

昭和という時代―鈴木治雄対談集〈上〉 (中公文庫) 昭和の映画ばかり見ているので、いったいどういう時代だったのか、いろんな角度から考えたくなる。鈴木治雄さんの対談集は、するめみたいに味わい深い。対談集では珍しく何度も読み返したくなる。鈴木さんは、昭和電工の社長で、財界の最後の知性派といわれた人だ。・・・って「最後の」は私が勝手につけたのだけれども。これだけ本や映画を見まくり、美術館にいきたした財界人を私は資生堂の福原さん以外に知らない。白洲正子さんとも、骨董論をかわしている。
カネカネカネじゃない社長ってかっこいいな。こういう人はもういないな。(雑なまとめだ)

ユリイカでchamiさんとランチ後、NHKへ。綾野剛はいないかと、おのぼりさんのように激しくきょろっきょろしたが、いるはずもない。『カーネーション』、とっくに終わってるし。
夜、息子にあらたまった顔つきで言われた。「あのさー、俺の部屋に用事で入るたびにエアコンの温度上げて、なにかしら小言を言って出てくの、やめてくれない?」。「毎回は言ってないでしょう」「言ってる。100発100中言ってる。言わずに出て行ったためしがない。誓ってもいい」。誓われてもな。

好きの心

スロージューサーで、今朝は桃とグレープルーツを絞る。「単体で食わせろ」という家族の声は無視。
カフェ・トロワシャンブルで打ち合わせ。下北沢南口は落ち着くなあと、代田の端っこに住む私はほっと一息。
ここのところ、仕事のアイデアがどんどん出て、でも自分は一人しかいないので体が足りなくてもどかしがっている人に続けさまに会ったが、今日もそう。みんな、仕事が好きなんだなあ。だれもかれも、働きすぎるほど働いている。組織は苦手、交渉も年功序列も苦手、体力もそれほどない。でもアイデアが止まらないというのは、根底に本が好き、活字が好き、企画が好きみたいな気持ちがつまっていて、やっぱり仕事が楽しいからなんだろうな。

酷暑の京都帰省

ガケ書房の外観。壁から車。
sol(中京区押小路通油小路東入)にて。縒る遊び展
 京都に帰省。肌に突き刺すような暑さで、到着早々へこたれた。だが、実家につくなり荷物をほっぽり出して、近所の梅花堂(東山区)の黒蜜のかき氷を食べて復活。小さな店なのに、雑誌の表紙になったとかで行列だった。

3日間、義妹を連れ回して観光と買い物三昧。新幹線に乗る1時間前まで遊び回っていた。こんな嫁は私なら嫌だがあきらめてもらうしかない。

寺町通りでふらりと入ったじゃこ山椒の店しののめが秀逸だった。日持ちがしないのでデパートには出さない。売り物はじゃこ山椒1種類だけ。井戸水で煎れた冷茶をいただきながら、ご主人と雑談。「お義姉さん、どこでも取材体制ですね」と義妹に笑われる。そして、そもそもじゃこにまったっく興味がなかった私がやみつきになるほどおいしい。じゃこってこんなにおいしいものなのか!しののめ、恐るべし。京都の土産は一生これに決めた。一保堂で茶を買い、銀閣寺でお香を買い、紙を買い、懐中汁粉を買い。気がつけば典型的な観光客買いの和物ばかり。京都にしてやられたが悪い気がしない。

五山の送り火。意外に低いところでやるのだな。
しののめ(寺町通り)のじゃこ山椒。
銀閣寺の苔が見事でみとれた。

涼しい場所

長野に帰省。クーラー無し。生まれて初めて、「わたし、もうあの暑い東京で夏は過ごせないかも」と思った。車で3時間の場所でクーラー無しでいられるのに、東京ではどの部屋も毎日エアコン全開だ。28度にしているが、気がつくと夫が22度とかにしているので始終言い争いになる。その言い争いにも疲れてきた・・。別荘という言葉を滞在中25回くらい反芻した。ほしいけど無理。掃除も出来ないしカネもないし。