日常からこぼれ落ちる風景の尊さ

自分が子どもの頃のアルバムを見ると、入学式や誕生日や卒業式や旅などハレの日が句読点となり、それらの点をつなぐと、自分の成長が可視化できる。

だが、いま私が作ったアルバムは、特別の日からこぼれ落ちたふつうの日々が、句読点よりもっとこまかな点となり、時間という一本の線になる。

こうしてみると写真を印刷して並べるという作業は、かぼそいけれどたしかにつながってきた線のぬくもりを、確かめる行為のように思える。
〜「巣立つ子におろおろしながら、きづいたこと」

『BRAND NOTE』CANON PIXUS
インタビューとエッセイ寄稿しました。

 

文/大平一枝
写真/木村文平

変化する台所

連載『東京の台所 2』更新。

「また取材にいらっしゃいませんか」と声をかけてくれた彼女は、会社員から大人気フード編集者になり、自分らしい粋でカオスな城を築いていた。

喪失を抱きながら、「くる波にのってく雑に生きていきたい」と言う。何しろ私は生きているので、と。5年は長くて短い。

『5年ぶりに訪ねたあの人の台所』

文 大平一枝
写真 本城直季
(朝日新聞デジタル&w)

我が台所、定点観測

連載『東京の台所 2』更新。

「思えば、圧力鍋をしまい込んだあの日から、子育て卒業のカウントダウンが始まっていたのかもしれない。」

丁寧になど、ちっともできなかったあの頃と今の、拙宅の台所。6年後の定点観測です。

225回「家族が減ったわたしの台所」

文 大平一枝
写真 本城直季
(朝日新聞デジタル&w. @andw_asahi )