酵素生活

生野菜、生フルーツから酵素をばんばんとらにゃあいかんという本作りの手伝いをしている。よし自分もやってみようと、朝はフルーツをたべることにする。形から入るタイプなので、しこたま買い込んでみた。ただ、やってみると腹持ちが・・・。朝と昼をフルーツにすると、4時頃尋常じゃないほど腹が空く。たまらなく肉やケーキが食べたくなるこのいやしき衝動よ。リマ・クッキング初級コースで教わった「生野菜、果実は体を冷やす」という教えの呪縛からもなかなかときはなたれないが、まあとにかく半年くらいはやってみよう。二言目には酵素が酵素がと言うので、家族からは陰で「酵素ばばあ」と呼ばれているが、気にしないでおく。

座談会

まったく未挑戦だった分野の書き物をすることになり、きのうは題材となる世代の方々のヒアリングをした。子育てをしながら節約生活もしっかり実行している女性生活実用誌の読者モデルの方々だ。きれいでかわいくて、こちらがたじろぐほど真っ直ぐな瞳で、だんなさんのことや夢や日常のことを話してくれた。みんな一生懸命、日々を精一杯生きているんだなあという当たり前のことがわかって、実りが多かった。井の中の蛙になってしまうので、自分はもっといろんな世代のいろんな価値観の人と話さなくてはいかんと痛感した。

透視

バブル末期のように忙しい。なのにバブルのような恩恵はない。ただ労働が末端の人間に押しつけられているだけなのか。
大「もう忙しすぎて死んじゃいそうだよ。ひょっとしてママ、売れっ子ってことなのかなあ」。
娘「そのわりに全然お金が増えてないから、売れっ子ってことではないんじゃないの?」。
大「(むっとして)じゃなに」
娘「しめきりまでほったらかしにしているだけなんじゃないの」
大人の事情をそこまで知る必要はない。

憧れの京都なのに。


京都からPHPの編集女史が来訪。黒い籠に入った宝泉堂の黒豆をいただいた。大粒で甘さ控えめ。誠においしい黒豆であった。京都はこういう気のきいたちょっとした物がいろいろある。容れ物も素敵だ。一瞬、あ、住みたいかもと思わせる魔力が菓子に宿っている。食べ終わるとその魔力はあっさり忘れるのだけれども。
夫は東山生まれなのに、貧乏な19歳までしかいないので、旨いもの、美しいもの、素敵なカフェ情報を見事なまでになにひとつ知らない。知っているのは王将と天下一品だけ。情報が浪人生で止まっていて残念すぎる。

(写真)撮影の合間にランチタイム。大根入りのミネストローネ、意外にうまし。

美の極致

高峰秀子 暮しの流儀 (とんぼの本)

『高峰秀子 暮しの流儀』(新潮社)読。昭和の映画を見ていると、この人と原節子と岸恵子と若尾文子の美しさに毎回息を呑む。こんな美しい人がいたなんて!と思うのに、言葉遣いから立ち居振る舞い、仕草までも麗しいからまいってしまう。スクリーンの中だけかと、昔の雑誌のインタビュー記事を読んでも、凛として、正しい日本語で下世話な質問をするレポーターにきっぱり言い返していたりして、またかっこいいんだよなあ。岡田茉莉子や京マチ子も卒倒しそうなほどきれいだ。
高峰秀子は、人気絶頂のあと、家を引き払い、外国で暮らした後、ほとんどの家財道具を処分し、小さな家に移り住んでいる。生涯、脚本家の夫と仲良く暮らし、料理や縫い物や書き物をして過ごした。スローライフブームが来るずっと前から、自分流スローライフを送っていた。生き方もどこまでもかっこいい。原節子さんもスパッと引退して一度も表に出ない。結論。昔の女優は皆男らしい。