女子サッカーの日々

 娘のサッカー生活終了。本日、無事卒団式を迎える。男子の中で、一度は辞めようと思ったサッカーを続けられたのは、無償でサポートしてくれたコーチたちのおかげだ。娘の小学校生活からサッカーボールをとったら、ずいぶんと思い出が減る。女子のワールドカップ優勝もリアルタイムに見ることができ、貴重で幸運な歳月だった。素敵なスポーツに出会えてよかった。

天使らと芋祭り

宅配野菜のさつまいもと里芋が溜まりまくっているので、意を決して先日大学芋を大量に作った。ふた鍋もできたので、デートに出かけようとしていた息子を呼び止め、「いますぐ彼女に大学芋を食べに来いと言え」。「い、芋食べに来いて誘うのかよ〜〜。てか芋だけかよお〜」と言いつつ、30分後彼女到着。いきなり彼氏の家で、大学芋をたらふく食べさせられる運命を、彼女はついさっきまで想像していなかったに違いない。が、「おいしいですー」と天使のような笑顔で沢山食べてくれたので嬉しかった。
明日は、里芋をまとめて圧力鍋に入れ、鶏肉と生姜で甘辛煮にする予定。引き続き芋祭り開催中。

生まれる場所

 お気に入りの打ち合わせの場所を、その街ごとにベスト3くらいまで決めておく作業を、誰にも頼まれていないのに自分の中でだけこまめに更新している。これは先週行った青山の風花。ダメかもーと思っていた企画が、机に座るとなんだかぽんぽんアイデアが沸いてきてなにかが生まれる、そういうフレッシュな気に満ちた場所があると信じている。そういう場所があると信じている人同士だと、本当にそうなるのだが、編集者という人種はそういう感覚を持ち合わせている人が圧倒的に多いのでおもしろい。だが渋谷や六本木にはみつからない。立ち止まって考えていたりしたら取り残されてしまうようなスピード勝負の街はどうもそりが合わない。

しんどい商売

ひゅんひゅんと音をたてて過ぎていく毎日。3月と12月はせわしなくて苦手だ。

芥川賞の『共喰い』と『道化師の蝶』読。前者はぐいぐい引き込まれ、濃厚で巧みな情景や人物の描写に打たれるが、生理的に受け付けられない話だった。後者はほとんどの選者が評で述べているが、文章の構造がいりくみすぎて読みづらい。

しかし、選評を見るとどなたも辛辣で、小説家とは世の中で一番辛い仕事ではないかと思った。魂を削るようにして書いたのにあんなふうに歯に衣着せず批評されるし、罵倒されるし、見ず知らずの私みたいな一介の読者にさえ「生理的に無理」なんて書かれてしまうのだもの。そういうことに負けず、自分にも負けず、独自の世界を紡ぎ続ける作家を尊敬せずにはいられない。どんなに失礼な会見をしたとしても、やっぱり心から尊敬する。

見たくない気持ち

仙台に住んでいる人の書くものを読んでいたら、震災特番も一切見ないし、「3,11あの日を忘れない」みたいなタイトルもいやだとあった。たった1年で客観的に映像をみつめられるような程度の傷ではないということなのだろう。「3.11を忘れるわけがないのに何故そんなタイトルをつけるのかな」とも書かれていた。報道の東京発信の目線に今さらながらに気づかされた。それでも発信しないようにし続けたほうがまし。ましだけど、もっともっと私たちは、全力で寄り添わなければいけない。軽いパンチを食らった気分になった。