執筆の萌芽


料理家の重信初江さんからだったか、
ライターの加藤郷子さんだったか。
「知り合いに、『東京の台所』の取材を受けたいと言っている人がいる」と聞いた。優れた食の記事を綴るブロガーさんである、と。
7年前。
市井の人の台所を訪ねる連載の取材者探しに、弱りきっていた頃だった。

企画当初は
書籍の編集者と私のツテでなんとか取材先を探していたが、
朝日新聞デジタル『&w』 @andw_asahi で連載することになってからは、毎日が綱渡り。

土曜にやっと対象者を見つけ、日曜に取材して夜書き、月火で本人校正確認、水曜に掲載なんてこともあった(今は校閲の時間も取らねばなので、そんな進行は不可能。そして、最初の2年間は毎週更新だった!)。

編集者は水曜早朝に原稿をチェック。
これがまた厳しい赤字を入れてくる人で──彼とはたくさん喧嘩をした。今は最良飲み友のひとり──昼前の更新までに直し、やっとOKをもらう。

取材先にも四苦八苦していた『東京の台所』という連載を、だれも知らない初期から、熱心に読んでくれている。

それがツレヅレハナコさんだった。
取材協力したところで名前やURLもでず、彼女には何の得もない。
とすれば、何のために。

会ってみて、思った。
夫を亡くして3年。新しい今日を生きていくために、来し方を振り返り、ほんとうの区切りをつけたかったのであるまいか。

だとしたら、なおさら真剣勝負だ。
予定調和なぬるいものは書けない。

出来上がった原稿を彼女は
病状など事実関係をひと言ふたこと直すのみ。
「あとはお任せします」と。
写真もチェックしなかった。

その後、彼女は料理雑誌の編集者を経て、現在は文筆家として八面六臂の大活躍。
5年後、女ひとりで家を建てた台所も、取材に来ませんかと、知らせが来た。

端に置かれた焼酎・大五郎のメガペットボトルを撮ろうが何を撮ろうが、笑って見ていた。
やはり、校正はほぼノータッチだった。

この連載は、台所を入り口に、愛を刻んだ誰かとの、今はもうない日々を辿ることもできるんだな。
綴ることで、別の誰かを励ましたり癒したりする役割も、あるかもしれないな。
そう気づいた。
台所に、喪失と再生というテーマの萌芽を感じた、最初の出来事である。

心の深部に触れたい。
本人さえ気付かない機微を、書きおこしたい。

2016年と2021年。
彼女の二つの台所は、はからずも
『東京の台所』というゴールのない山に挑むことになってしまった自分の、定点観測になった。

10年目の今だって、まだまだ連載を知らない人は多いと思うけれど、
続けていられるのは、あのころ協力してくれた人のおかげであることも、忘れないでいたい。

          ✳︎

○1月19日(木)、19時半〜
「連載10年で気づいた取材現場の本質」

書店B&B 新刊トークイベントでは、
そんな、今まであまり触れてこなかったお話を。

お申し込みはこちら書店B &B から。配信も選べます。

イベント後半は
料理家・小堀紀代美さん と対談です。
なぜ小堀さんに亡きお母様との話を聞きたいと思ったのか?
あらためて、明日ご紹介させてください。

(写真 内容に関係なし)
仕事帰り、やっと行けた光源社 仙台店。

十字刺し子という、とてつもなくかわいい布巾