愛すべき孤独


▶︎▶︎連載『日々は言葉にならないことばかり』

私も彼女も、孤独や切なさの正しい引き受け方は、まだ知らない。
まだ人生という旅の途中なんだよな、と彼女のこんな言葉からも実感した。
「みんなが孤独とどう向き合っているのか、すごく知りたいです」。

〜「愛すべき孤独、寄り添うべき孤独」〜
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せつなさ、孤独。名指せない感情について、さまざまな分野の方とお話しする連載。
第3回ゲストは、
ちがやベーカリーのちがやさんです。


「愛すべき孤独、寄り添うべき孤独」

撮影 土田凌さん
編集 津田麻利江さん(北欧、暮らしの道具店)
文 大平一枝

隙間からこぼれ落ちた権利

「強くあれ、もっと大変な人は他にもいるという助言は、大人の怠慢だったと気づいた。
殺されかけても、社会や国に助けられてきたという実感がない」。

地方の名家。裕福で高学歴の両親の虐待に、
一人苦しみ続けた彼女の今。
日々を支えたもの。

私自身も、取材するまで偏った思い込みがありました。学びの多い、そして難しい取材でした。
過去作の中で、最も小見出し本数が多いですが
ぜひお読みください。



⁡連載更新。
「闇から光の中へ。彼女を救った、子どもの権利条約、18条」
(『東京の台所 2』朝日新聞デジタル&w)



文:大平一枝
写真:本城直季



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イベントのお知らせ

『dancyu』で4年前、宇都宮のコボリ洋菓店 @kobori1969 を取材した。町の人が愛する洋菓子店という特集だった。

後半、取材に合流したのが、料理家の小堀紀代美さんだ。そこで初めて実家であると知った。

2代目を継ぐ11歳下の弟。今は引退して町の顔役として忙しい創業者の父。
ふたりを見守るまなざしのあたたかさ、慈愛に満ちた静かな語り方が、不思議と深く印象に残った。

私よりいくつも年下なのに、全てを包み込む、まるでこの家のお母さんみたいだな。
そう思ったのだ。ほんとうに。

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20年前に母を亡くした。がんとわかった時には余命2ヶ月であった。
本人に知らせたくない一心で、母のきょうだいにも言わず、2ヶ月間、母のご飯を作り続けた。
それでよかったのか、自分の振る舞いのあれは、これは。今も答えが出ていない。

『それでも食べて生きていく 東京の台所』の取材をした夜、彼女からメールが来た。

あの2ヶ月間の献立帳が出てきました、と。

食が細くなる母の記録をするのが辛くなり、書くのをやめてしまったという最後の日のページの朝は「おかゆ、梅干し、山椒」。
昼は「にゅうめん」。
追撮に行くと、青いボールペンの文字が揺れていた。

喪失と再生というテーマに、紀代美さんは別れ際、こんな言葉を添えた。
「もし、大切な人を亡くした人がいたら、同じように悲しんでいる方と、たくさんその方について話すと良いと思います。みな、気を遣って、亡くなった人について話さないんだけど、話したほうが救われるんですよね」

以降私は、本書の取材で出会った人々に、受け売りのその言葉を、伝道師のように伝え歩いた。

第一印象の凪のような静謐な優しさは、痛みを経験した人の強さに裏打ちされた美質だった──。

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○1月19日(木)、19時半〜
「連載10年で気づいた取材現場の本質」
⁡(書店B&B)

新刊イベントでは、後半、小堀紀代美さん  に僭越ながら
取材を受ける側から見た『東京の台所』、
そして、話すことで感じた心の変化を伺います。お母様の急逝が実は
料理家になるきっかけを遠くで作っていたことなども。

お申し込みはこちらから。
書店B &B

(写真)
20年前の献立帳を探す小堀さん。

献立帳。

執筆の萌芽


料理家の重信初江さんからだったか、
ライターの加藤郷子さんだったか。
「知り合いに、『東京の台所』の取材を受けたいと言っている人がいる」と聞いた。優れた食の記事を綴るブロガーさんである、と。
7年前。
市井の人の台所を訪ねる連載の取材者探しに、弱りきっていた頃だった。

企画当初は
書籍の編集者と私のツテでなんとか取材先を探していたが、
朝日新聞デジタル『&w』 @andw_asahi で連載することになってからは、毎日が綱渡り。

土曜にやっと対象者を見つけ、日曜に取材して夜書き、月火で本人校正確認、水曜に掲載なんてこともあった(今は校閲の時間も取らねばなので、そんな進行は不可能。そして、最初の2年間は毎週更新だった!)。

編集者は水曜早朝に原稿をチェック。
これがまた厳しい赤字を入れてくる人で──彼とはたくさん喧嘩をした。今は最良飲み友のひとり──昼前の更新までに直し、やっとOKをもらう。

取材先にも四苦八苦していた『東京の台所』という連載を、だれも知らない初期から、熱心に読んでくれている。

それがツレヅレハナコさんだった。
取材協力したところで名前やURLもでず、彼女には何の得もない。
とすれば、何のために。

会ってみて、思った。
夫を亡くして3年。新しい今日を生きていくために、来し方を振り返り、ほんとうの区切りをつけたかったのであるまいか。

だとしたら、なおさら真剣勝負だ。
予定調和なぬるいものは書けない。

出来上がった原稿を彼女は
病状など事実関係をひと言ふたこと直すのみ。
「あとはお任せします」と。
写真もチェックしなかった。

その後、彼女は料理雑誌の編集者を経て、現在は文筆家として八面六臂の大活躍。
5年後、女ひとりで家を建てた台所も、取材に来ませんかと、知らせが来た。

端に置かれた焼酎・大五郎のメガペットボトルを撮ろうが何を撮ろうが、笑って見ていた。
やはり、校正はほぼノータッチだった。

この連載は、台所を入り口に、愛を刻んだ誰かとの、今はもうない日々を辿ることもできるんだな。
綴ることで、別の誰かを励ましたり癒したりする役割も、あるかもしれないな。
そう気づいた。
台所に、喪失と再生というテーマの萌芽を感じた、最初の出来事である。

心の深部に触れたい。
本人さえ気付かない機微を、書きおこしたい。

2016年と2021年。
彼女の二つの台所は、はからずも
『東京の台所』というゴールのない山に挑むことになってしまった自分の、定点観測になった。

10年目の今だって、まだまだ連載を知らない人は多いと思うけれど、
続けていられるのは、あのころ協力してくれた人のおかげであることも、忘れないでいたい。

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○1月19日(木)、19時半〜
「連載10年で気づいた取材現場の本質」

書店B&B 新刊トークイベントでは、
そんな、今まであまり触れてこなかったお話を。

お申し込みはこちら書店B &B から。配信も選べます。

イベント後半は
料理家・小堀紀代美さん と対談です。
なぜ小堀さんに亡きお母様との話を聞きたいと思ったのか?
あらためて、明日ご紹介させてください。

(写真 内容に関係なし)
仕事帰り、やっと行けた光源社 仙台店。

十字刺し子という、とてつもなくかわいい布巾

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