時を経た邂逅

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高校初同窓会で長野県駒ヶ根市へ。
高校時代の親友M(美人)もハワイから参戦。前夜は東京の我が家に泊まり
ふたりで、ファッションチェックも念入りにしていざ長野へ。
化粧は現地で1時間かけただろうか。おばちゃんの化粧タイムは激長だ。

3年間クラス担任だった先生は、当時新卒で、希望に燃え、とにかく最初から熱かった。24歳の先生の熱さに対し、16歳の私達はどこか斜に構え
クラスはなんとなくぎくしゃくしていた。
私は3年間1度も、ちゃんと先生と話したことがなかった。
ぎくしゃくのまま卒業し、30年余のときが経った。
この同窓会は
先生にあのときいえなかった「ごめんなさい」と「ありがとう」を伝える旅でもある。みんなそれぞれに、そういう思いを抱えた顔をしていた。

図書館司書になった友達から以前、「先生が大平の何年も前の記事を切り抜いて持っているそうだよ」と聞いていた。

恩師は頭に白いものが混じり、何校か校長先生を経て、今は研究者になっていた。
話し出すと、やさしいあのときのままの口調で、それだけでも胸がいっぱいなのに
「僕はあの頃教師になりたてで、至らないことだらけだった。だめな先生でゴメンな。今の僕ならもう少し上手に君たちの担任をできたのにと、申し訳なく思う」
と先に謝られた。
1時間かけて施した化粧が、あっというまに涙でどろどろになった。

学年で一番男女の仲の悪かったクラスが、今回一番参加人数が多かったと
幹事から聞いた。ありがとな、来てくれて、と。
地元の友がこうして準備してくれるから私たちは丸腰で参加できる。
働き盛りで地元の役員やらもたくさん引き受けて忙しいだろうに
ありがとうを言うのはこちらだ。
「昔、中学の同窓会に行けなかったのを10年悔いてきた。もうあんな思いをするのは嫌だから今日は万難排して来たよ」と大阪から駆けつけた男子もいた。

人生の折り返し地点に
10代を共に過ごした仲間と会い、語り合い
迷惑かけっぱなしのまま別れた恩師に、言いそびれたお詫びとお礼を言えた。
なんかもう、生きててよかったなと、いちいち胸が一杯になることだらけの濃い時間なのであった。

・・・
親友M(美人、元・青学のミスコン荒らし)がハワイ式に先生にハグをしていたら
「俺も俺も」と、男子がハグ待ちの列を作っていたのが笑えた。

東京に帰宅後、集合写真を見せたら娘が
「どの人が先生?」。・・・男子に失礼です。

(写真)
こんなに空って青かったっけ?と美しさに見とれる故郷(転勤族の私はその町に4年しかいられなかった)

当時、早大政経学部を出たばかりだった恩師。こんな笑顔でお会いできる日が来ようとは。

翌朝、クラフトマーケットをしていたので立ち寄り衝動買い。このバッグを見たらこの日を思い出すだろう。

仕事だより

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朝日新聞デジタル&w 連載「東京の台所」更新。
こんな言葉を使うのも照れますが、「胸キュン」は恋のお話を聞いてまいりました。
学生の夫を支えた「看護師妻の楽しい節約ライフ」

夏はクラフト

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家から徒歩3分の、古い家族経営の酒屋さんは、世界中の珍しいクラフトビールが揃っていて、土日などに好きなのを1本買って帰るのがお楽しみ。外人さんが多く、角打ちのように立ち飲みしている。しょっちゅう試飲会をしていて、切り盛りするお嫁さんの説明がまた詳しくて素晴らしい。
大手の店がまねできない売り方で、集客に成功している。

ちょっと油断しているすきに
日本のクラフトビールがなんとまあおいしく進化していることか。
種類も増えて、夏の楽しみが益々増える。体重もね。

(写真)
南信州ビールは、長野にて。

実家帰省あるある

ひとり長野帰省、8日め。
朝9時から23時まで原稿書きに没頭。ごはん原稿ごはん原稿風呂就寝。一歩も外に出ておらず、10円も使っていないことに今朝気づく。

そんな8日間の、老いた両親と過ごす実家帰省あるある。


1、朝が死ぬほど早い。

2、日曜の朝は、静かなMCが心地よい関口宏さんの「サンデーモーニング」、昼は「新婚さんいらっしゃい」を必ず見て、ここに視聴者がいたのかと発見をする。

3、応接間的なものを「座敷」と呼ぶ。
座敷3点セット・・・
毛糸で編んだ人形などの変なおかんアート/よくわからない額縁に入った感謝状/でかい蜂の巣

4、朝から昨日の残りのカレーと焼き魚とメロンが並ぶ。

5、夕方くらいから「風呂に入れ」と、入浴させることに躍起になる。(24時にしか入らないので、母は結局寝るまで言い続ける)

6、母親が「眼鏡がないない」と20分ほど探し回った結果、「あ、これか」と父親がかけていたメガネを外す。

7、メガネ事件を4日間ほど、毎日言い続けて、そのたび新鮮に笑う。

8、親戚にもメガネ事件を電話で話す。

9、夫婦二人なのに、売るほどの桃やメロンがころがる。すべてお中元やおすそわけで、結局手食べきれず最後ジャムやシロップ漬けになる。

10、「こうるさいやつだな」と結婚数十年なのに、ガチの喧嘩を数日に1回する。のに、10分後に、なにもなかったかのように高校野球に二人で見入る。

11、何か食べたいものはない?と聞き、「うーん」と考えていると必ず「揚げ物?」と聞かれ、太った小学5年の男の子のような気分になる。揚げ物=ごちそうの図式が出来上がっている。ジャンルで言われても・・・。てかもうこの歳で揚げ物系は無理。

新刊:予約始まりました。

届かなかった手紙 原爆開発「マンハッタン計画」科学者たちの叫び

原爆投下の20日前。
日本への無警告投下に反対する署名をトルーマン大統領に送った
70名の原爆開発科学者がいました。
マンハッタン計画に関わった科学者技術者はのべ3000人と言われています。
そのうちの70人の声のゆくえは。
そして署名後の人生とは──。
なぜ広島がウラン型爆弾で、長崎がプルトニウム型爆弾なのか。
ドイツに対抗して開発したはずの原爆がなぜ
日本に・・・。
アメリカに渡り、署名科学者とその関係者らの心の物語をたどった
新刊『届かなかった手紙』(KADOKAWA)
予約受付中です。
21万の命を追悼する8月6日か9日に間に合わせることができなかった
自分の力不足を悔やみつつ、
歴史から葬り去られた知られざる抵抗の物語と、科学者たちのその後の人生の物語を
ひとりでも多くの皆さんにお読みいただければと願っています。

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