書店が怖い

昭和ことば辞典: おい、羊羹とお茶もっといで! (一般書)新刊が出ると、怖くて書店に行けなくなる。売り場の前を通っても、できるだけ目を本と合わせないように呼吸を止めて、足早に立ち去る。自分の本が置かれていないのを知るのが怖いのだ。自分の本が置かれていないとわかったとき、「お前は社会から必要とされていないよ」と烙印を押されたような、深い絶望感に襲われる。本を一生懸命作れば作るほど、そのときの落ち込みも大きい。心が狭いが、他人の売れている本が平積みになっているのを見るだけで、逆恨みしそうにもなる。本には罪がないのに。自分の未熟のせいなのに。だから暫く書店が怖い。

昭和ことば辞典 おい、羊羹とお茶もっといで!』(ポプラ社)の宣伝で、代官山蔦屋書店に行った。いろんな売り場の責任者やコンシェルジュさんが時間をとって下さった。どんなに、いいふうに言ってくれても、新刊が出るたび書店営業をしているので、ノリノリか、そうでないか、書店員さんの本当の反応はどうにもわかってしまうものだ。

そのなかのおひとりが、「これ、収集に何年かかりましたか。小津安二郎や成瀬巳喜男や川島雄三の映画って、うちの店のスタッフにも凄く好きな奴がいます。昭和40年代頃までの映画のセリフって、本当になんともいえない味わいと奥ゆかしさがありますよね。日本語に品があった。いや、セリフじゃない、フレーズだな。それをこんな風にまとめるという視点が僕は面白いと思います。もっとこの本は知ってもらった方がいい。開けば、おもしろいとわかってくれし、千円は安いと思います」
と言ってくださった。もうそれだけで、落涙しそうだった。映像の売り場の方も、その場でたくさん注文してくれた。アドバイスと、「うちの店に合うようにポップを入れます」とも。
書店恐怖症で、書店に近寄っていなかったので、本当に腹の底から、今日来て良かったと思った。ありがたかった。

本は、入稿したらもう書き手の力はどうにも及ばない遠い処に行ってしまう。表紙案の紙を着せられる頃には、嫁に出した娘のような、距離感ができる。発売され、世の中から置き去りにされても、何もできないし、売れても(まあそんな経験はないに等しいけれど)やっぱりなにもできない。自分の手の届かない子どものようなもどかしさがつきまとう。

巣立っていた先、私の見えない所で、書店員さんや読者の人にかわいがってもらったら、生みの親としてはそれが最大の幸福になる。返本にならないように祈ろう。そして、いつか書店が怖くならない強靱な精神の持ち主になりたい。

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ゲスト:平松昭子さん(イラストレーター)