おかんのLINE

朝、定刻に起きてこない娘から。たった4文字が打てない母。

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留学中の息子に強要。

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息子の不在時、息子の3畳の部屋に初めて寝てみました。

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酔っ払うにもほどがある。飲み仲間への意味不明メール。(再掲)

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短い文字と行間から、そのときどきの等身大の自分が透けて見える・・・。こんな人生でいいのかしらん。

『東京の台所』〜アイルランド編 1,2〜

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朝日新聞デジタル&w 連載『東京の台所 番外編〜アイルランドの台所』始まりました。

野菜、卵、はちみつから家まで。作れないものはないんじゃないか?と思ってしまう
アイルランド音楽の聖地 フィークル村の暮らしを追います。

『アイルランドの台所 1,2』
住まい、食。半自給自足の暮らしの起点は伝統音楽 (前編)

住まい、食。半自給自足の暮らしの起点は伝統音楽(後編)

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記憶に残る仕事、インタビュー

臨月まで働いた編集プロダクションから独立して24年。一番多かった仕事はインタビューだ。どの方が印象的でしたか、と、昨日、ふいに聞かれた。

今年で言うなら、『報道ステーション』キャスターの小川彩佳さんだ。取材は1月10日。
誇張をしない。読み手の知りたいことに応える。どこにも話していない本音やエピソードを引き出す。もう一度、ライターの原点に戻って、丁寧に仕事をしようと自分に誓った、今年最初の仕事だ。

男社会のなかで、昨日の傷は自分で直し、あっちこちに頭をぶつけながら、必死で働いている等身大の女性がそこにはあった。もっと正確に、報道姿勢や能力を評価されるべき人だと率直に感じ、一歩引きながらそれを書き込んだつもりで、自分でも忘れられない仕事になった。

上半期だけでも、世間では政界と記者のパワハラや、未曾有の災害が起きた。

言外に滲む誠実を求めて、毎晩奮闘している。そんな彼女との仕事を思い出したので、僭越ながら再掲する。

小川彩佳さん「わたしの立ち還る場所は、いつも心の奥底に」
(テレビ朝日 アナウンサー)

ゲッペルスの秘書と、原爆化学者リリーさんと、日本代表、長谷部のこと

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岩波ホールで『ゲッペルスと私』を見た。

ナチス宣伝大臣ゲッペルスの女性秘書、ポムゼルさんのインタビューを軸にしたドキュメンタリーだ。




103歳の彼女は、ゲッペルスの宣伝効果がいかにプロパガンダとして、
ひいてはユダヤ人虐殺に有用だったかを、古い記憶を掘り起こしながら
正確に語っていた。



そして、自身について「自分ならあのとき止めることができたと言う現代の人は多いが、実際あの時代に生きていると
それはとても無理だった。
そうするしかなかった。
私は国のために業務を必死に全うしただけ。
自分に罪はない。ドイツ国民全員に罪があると言うなら私にもある」
と語った。




その言葉は、一昨年、自著『届かなかった手紙』(角川書店)取材のため、
アメリカで会った女性原爆化学者リリーさんと、全く同じものだった。

「自分は任務に必死にとりくんだ。そうするしかなかった。罪悪感はない。それが戦争です」(リリーさん 96歳)。



話は飛躍するが、
ワールドカップのポーランド戦で、負け逃げの戦略をとり、監督の指令を忠実に選手に伝え、奮闘した長谷部キャプテンの統率力について
評価する記事をたくさん見た。
賛否ある中で、彼は全員をとりまとめ、忠実に監督の指令を実行したと。



その通りで異論はない。彼がどれだけの葛藤と苦悩と責任感の中で
それを受け止め、実行したか。
私などが胸の内を想像することなどとうてきできないほどの重責のなかで、責務を全うしたのだろう。
また、ここで、その戦術の是非について、書きたいわけではない。


私は、非常時に、「国」という大義を背負った人が奮闘する様を
無防備に礼賛する流れについて、考えさせられたのである。
長谷部のリーダーシップという毅然とした美しい行為に
論点がすり替えられ、戦略の是非について論考を深めているメディアが
少なく感じられた。


賞賛することで、きっと見えなくなる本質がある。
木は見えても、森が見えなくなる。


突飛かも知れないが、私は、ふっと、こんなふうにして、正義感を持った「ふつうの」人たちが、戦争に荷担していったのではないかと
考えるに至った。



『自分のため』より、『国のため』という大義を背負うと、誠実な人ほど大きな正義感が働く。
そして、人々はそれを賞賛する。
もちろん、サッカーならそれでいい。
だが、たとえば戦争の構造というものを考えたとき
そこに、抗いがたい精巧なシステムが仕掛けられていることに気づく。



ポムゼルさんもリリーさんも、いまはこの世にいない。
罪はないと言いながら、映画制作に協力したり、私の本の取材を受けてくれたのは
少なくとも、当事者である自分に「説明責任」があると思ったからだろう。
だからこそ90代、100代の老体をおして
カメラの前に立ったにちがいない。
その姿勢に、心から敬意を表したい。



映画を見終えると、『届かなかった手紙』を書き終えたときのように、なんともいえない
もどかしさが残ったことを付記しておく。

届かなかった手紙 原爆開発「マンハッタン計画」科学者たちの叫び

<追記>
約3000人のユダヤ人原爆化学者のうち、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下に反対を唱えた70名の
化学者がいる。


レオ・シラードを中心にした彼らの物語と、生存する署名化学者へのインタビューをまとめた
拙著『届かなかった手紙 原爆開発「マンハッタン計画」科学者たちの叫び』(角川書店)も、よろしければ是非ご覧下さい。

京都おっさん旅

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見えなくても、きこえなくても。』(主婦と生活社)を撮った巨匠、安部まゆみと、本書で取材した梅木好彦さんのお見舞いも兼ねて京都へ。

京都2泊なのにノープランの丸腰。せっかく持ってきたガイドブックも安部は新幹線で数分眺めて、パタリと閉じていた。
結局、山崎蒸留所、大山崎美術館、貴船神社参拝、鞍馬山登山で終わる。

夜は飲んで、サッカーを見て、また飲んで。

お買い物はウイスキーと塩大福3個。女子感がないことはなはだしい。というかおばはんを通り越してもはやおっさんみたいな旅だったねと、安部は帰りの新幹線で総括していた。500ミリの缶ビールを飲みながら。

(写真)
鞍馬山のパワースポット。

貴船、蔵馬に向かう叡山電鉄叡山本線車窓の眼福。

山崎蒸留所では貴重なお酒を100円から試飲できる。
ここぞとばかりに、響17年、山崎18年と、山崎12年を構成しているシェリーカスクを飲んでやりました。

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